OBJECTIVE.
立教大学理学部物理学科の北本俊二特別専任教授、山田真也准教授、澤田真理助教らは、X線分光撮像衛星(XRISM)の観測成果に関する論文が、イギリスの科学雑誌Natureに2025年2月12日(日本時間2月13日)に掲載されたことを発表しました。
ポイント
- XRISMの優れた分光能力により、ケンタウルス座銀河団の中心部に高速で動く高温ガスの流れの存在を世界で初めて発見した。
- 観測された高温ガスの運動は銀河団が成長過程で経験した衝突合体の痕跡を直接的に示すものである。
- 銀河団中心部の高温ガスの速度構造の直接観測は、数十年来の謎であった銀河団中心部の加熱機構の解明にも繋がる。
概要
私たちが暮らす宇宙は物質同士の間に働く重力等の影響を受けて、絶えず成長し続けています。星の集まりである「銀河」も、銀河の集まりである「銀河団」も暗黒物質(ダークマター)の重力によって形成されます。銀河団内では暗黒物質の強い重力に閉じ込められたガスが摂氏数千万度と非常に高温になりX線を放射しています。銀河団は衝突・合体を繰り返し現在も成長を続けていると考えられていますが、今回初めて、その直接的証拠を、X線分光撮像衛星(XRISM、クリズム)により銀河団中心部を観測することで明らかにしました。銀河団の中心部はX線で非常に明るいため、放射冷却現象によりガスの温度が下がるはずですが、温度が高く維持されていることが謎となっていました。この温度保持機構の解明の手がかりがガスの速度構造と考えられていましたが、観測装置の精度不足のため、これまで解明に至りませんでした。今回我々は、優れた分光能力を誇るXRISM搭載の軟X線分光装置(Resolve、リゾルブ)を用い、ケンタウルス座銀河団の中心部に、毎秒130〜310㎞の高温ガスの流れがあることを突き止めました。この高温ガスの流れは、銀河団同士の衝突・合体が引き起こす高温ガスの「揺れ」に対応します。そしてこの「揺れ」によって高温ガスが攪拌され、銀河団中心部の温度が適切に保たれていることがわかりました。
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図1:ケンタウルス座銀河団中心部の想像図。青みがかった色で高温ガスの流れを示している。白で示したのは銀河、赤茶色は低温のガスを示す。(クレジット:JAXA)
今回の高精度観測による高温ガスの速度に関する新事実の発見により、銀河団だけでなく宇宙に存在する様々な天体の形成と進化の理解が大きく前進するものと期待されます。
内容
宇宙はビックバンで誕生して以来、どのようにして現在のような姿になったのでしょうか。
私たちが暮らす宇宙には、太陽と惑星の集まりである太陽系や、星の集まりである銀河系のような天体の「群れ」が無数に存在します。このような群れは、宇宙が生まれたときから存在したわけではなく、物質同士の間に働く重力等の影響を受けて、徐々に成長してきました。その途中には、天体同士の衝突や合体のような、激しいイベントが何度も起こったと考えられます。
このような成長を経て作られた宇宙最大規模の天体が、銀河の集まりである「銀河団」で、そこ含まれる暗黒物質(ダークマター)と呼ばれる未知の物質による巨大な重力によって形成されたと考えられています。また、銀河団には、宇宙誕生直後の大イベントである「ビッグバン元素合成」によって作られた水素やヘリウムのガスも流れ込みます。このガスは、銀河団への落下の衝撃で数千万度の高温ガスとなり、X線で輝きます。一つの銀河団に含まれるガスの質量は、銀河(星)の総質量よりもはるかに大きいため、銀河団の力学的進化を知る上で、高温ガスのX線観測が欠かせません。
この高温ガスは、銀河団の中心部では、何らかの加熱機構がなければ、やがてX線放射に伴う放射冷却によって冷えていくことが予想されます。しかし、これまでの観測から、その予想に反してガスが高温状態を維持し続けていることが明らかになっていました。そのため、銀河団の高温ガスの温度維持機構を解明することが、宇宙進化史の研究における重要課題の一つに位置づけられてきました。
我々、XRISM サイエンスワーキンググループチームは2023年12月から2024年1月にかけて、X線分光撮像衛星(XRISM)で、地球から比較的近く(約1億光年の距離)にあるケンタウルス座銀河団を観測しました。我々はXRISMでこの銀河団中心部の高温ガスの動きを調べました。図2が、XRISMが搭載するX線マイクロカロリメータ検出器Resolveによるケンタウルス座銀河団中心部のX線スペクトルです。我々は、このスペクトルを分析し、銀河団中心部における高温ガスの動きを詳しく調べました。高温ガスの動きを知るためには、スペクトル上に検出された輝線(図のスパイク状の構造)のエネルギーを正確に測る(分光する)必要がありますが、従来のX線観測装置では分光能力が足りず、測定を困難にしていました。Resolveは、従来の装置と比べて約30倍の分光性能を持ち、高温ガスの速度測定を得意とします。今回の観測では、ケンタウルス座銀河団の中心部にある高温ガスが毎秒130〜310㎞という速さで地球の方向に流れていることがわかりました(図3)。この流れによって、ガスが攪拌され、銀河団中心部の温度が高温に保たれていると考えられます。
私たちが暮らす宇宙には、太陽と惑星の集まりである太陽系や、星の集まりである銀河系のような天体の「群れ」が無数に存在します。このような群れは、宇宙が生まれたときから存在したわけではなく、物質同士の間に働く重力等の影響を受けて、徐々に成長してきました。その途中には、天体同士の衝突や合体のような、激しいイベントが何度も起こったと考えられます。
このような成長を経て作られた宇宙最大規模の天体が、銀河の集まりである「銀河団」で、そこ含まれる暗黒物質(ダークマター)と呼ばれる未知の物質による巨大な重力によって形成されたと考えられています。また、銀河団には、宇宙誕生直後の大イベントである「ビッグバン元素合成」によって作られた水素やヘリウムのガスも流れ込みます。このガスは、銀河団への落下の衝撃で数千万度の高温ガスとなり、X線で輝きます。一つの銀河団に含まれるガスの質量は、銀河(星)の総質量よりもはるかに大きいため、銀河団の力学的進化を知る上で、高温ガスのX線観測が欠かせません。
この高温ガスは、銀河団の中心部では、何らかの加熱機構がなければ、やがてX線放射に伴う放射冷却によって冷えていくことが予想されます。しかし、これまでの観測から、その予想に反してガスが高温状態を維持し続けていることが明らかになっていました。そのため、銀河団の高温ガスの温度維持機構を解明することが、宇宙進化史の研究における重要課題の一つに位置づけられてきました。
我々、XRISM サイエンスワーキンググループチームは2023年12月から2024年1月にかけて、X線分光撮像衛星(XRISM)で、地球から比較的近く(約1億光年の距離)にあるケンタウルス座銀河団を観測しました。我々はXRISMでこの銀河団中心部の高温ガスの動きを調べました。図2が、XRISMが搭載するX線マイクロカロリメータ検出器Resolveによるケンタウルス座銀河団中心部のX線スペクトルです。我々は、このスペクトルを分析し、銀河団中心部における高温ガスの動きを詳しく調べました。高温ガスの動きを知るためには、スペクトル上に検出された輝線(図のスパイク状の構造)のエネルギーを正確に測る(分光する)必要がありますが、従来のX線観測装置では分光能力が足りず、測定を困難にしていました。Resolveは、従来の装置と比べて約30倍の分光性能を持ち、高温ガスの速度測定を得意とします。今回の観測では、ケンタウルス座銀河団の中心部にある高温ガスが毎秒130〜310㎞という速さで地球の方向に流れていることがわかりました(図3)。この流れによって、ガスが攪拌され、銀河団中心部の温度が高温に保たれていると考えられます。
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図2:観測で得られたケンタウルス座銀河団中心部のスペクトル。背景はチャンドラX線天文衛星が取得した同じ領域の画像。 クレジット:JAXA
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図3:観測された高温ガスの流れの解説図。ケンタウルス座銀河団の中心に位置しているのがNGC4696銀河です。クレジット:JAXA
我々は、観測結果をコンピューターシミュレーションの計算と比較し、「揺れている」高温ガスの動きは過去の銀河団衝突・合体の影響で起こったと判断しました。図4は今回明らかになった高温ガスの動きがどのようにして起こっているのかを示しています。ケンタウルス座銀河団は、これまでも小さな銀河団と衝突・合体しています。今回XRISMが見つけた銀河団内の高温ガスの動きは、銀河団同士の衝突・合体によって中心部のガスが「揺れている」ことを示しています。
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図4:仮画像 大きな銀河団の高温ガスが小さな銀河団の衝突・合体の影響が中心部まで伝わる様子を示した解説図。 クレジット:JAXA
本研究は、銀河団という宇宙最大の天体の中で起きている高温ガスの動きを、かつてない精度で明らかにし、銀河団が衝突・合体を通じて進化していく過程を示す直接的な証拠を示しました。この発見は、宇宙における最大規模の天体構造の形成と進化の理解を大きく前進させるとともに、銀河団中心部の高温ガスの加熱機構を理解する上で重要な手がかりとなります。今回の高精度観測による高温ガスの速度に関する新事実の発見により、銀河団だけでなく宇宙に存在する様々な天体の形成と進化の理解が大きく前進することが期待されます。
論文情報
- 雑誌名:Nature
- 論文タイトル:The Bulk Motion of Gas in the Core of the Centaurus Galaxy Cluster
- 著者:XRISM Collaboration
- 著者所属:
藤田 裕(東京都立大学)
メール:[email protected]
佐藤 浩介(高エネルギー加速器研究機構・量子場計測システム国際拠点(WPI-QUP))
メール:[email protected]
- DOI番号:10.1038/s41586-024-08561-z
- アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41586-024-08561-z